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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)4668号 判決 1965年4月24日

原告(反訴被告) 吉田義隆

被告(反訴原告) 和田守

主文

被告は原告に対し別紙第一目録<省略>(一)記載の土地を同目録(二)記載の建物を収去して明渡し、かつ、昭和三三年一二月一〇日より右土地明渡に至るまで一ケ月金一、一四八円の割合による金員を支払え。

被告の反訴請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じて被告の負担とする。

この判決は主文第一項につき原告において金一五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、本訴及び反訴につき主文第一項ないし第三項同旨の判決並びに本訴につき仮執行の宣言を求め、本訴請求原因として、

一、大阪市浪速区元町二丁目一三番地の一宅地五五坪四合一勺および同二丁目一七番地宅地五九坪は、いずれも、もと訴外上善清子の所有であつたところ、昭和二三年一二月一〇日、大阪市長は、右両土地(以下単に従前の土地という)に対する換地予定地として大阪市湊町地区一一ブロツク符号一宅地七五坪七合二勺(以下単に本件仮換地という)を指定した。

二、昭和二九年七月二〇日頃訴外北川安は、訴外上善から、次いで同年九月四日原告は右訴外北川から、順次、従前の土地全部を買受け、原告は、同年九月二四日中間省略により直接訴外上善よりその所有権移転登記を得、ここに本件仮換地に対する使用収益権を取得した。

三、しかるに、被告は昭和三三年一二月一〇日より本件仮換地上に別紙第一目録(二)記載の建物を所有してその敷地たる別紙第一目録(一)記載の土地四一坪五合三勺を不法占拠している。

四、よつて、原告は被告に対し右建物を収去してその敷地部分を明渡し、かつ、昭和三三年一二月一〇日より右土地明渡に至るまで一ケ月金一、一四八円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

と述べ、次に被告の本訴における坑弁および反訴請求原因事実に対する答弁として、

(一)、被告主張の四の(1) の事実はこれを否認する。仮に被告主張のとおりの借地契約が成立し賃借権が設定されたとしても(被告のいう地上権の設定はない)、またその主張の経緯により従前の土地(一三番地の一、五五坪四合一勺)中二五坪につき被告がその所有権を取得したとしても、被告は右賃借権についてはその設定登記を、また所有権については所有権移転登記を経ておらず、なお原告が従前の土地につき所有権移転登記を了した昭和二九年九月二四日現在その地上建物の保存登記をもしていなかつたから、被告は従前の土地につき所有権移転登記を了した原告に対し右所有権または賃借権を主張することはできない。

なお、被告は換地予定地指定にもとづく仮換地の使用収益権は、公法上の権利であり、登記の有無による対抗の問題は生じないと主張するが、換地予定地の指定により仮換地上に生ずる使用収益に関する法律関係は従前の土地の私法上の使用収益関係がそのまま移転したものにすぎず、新にこれと異つた使用収益関係が生ずるものではないから、民法第一七七条等の規定はこの場合にも当然適用される。なお土地区画整理法第七七条に基く建物移転命令によつては、移転先の土地に使用権が設定されるものでないことは多言を要しない。

(二)、被告の時効取得の主張もすべてこれを争う。仮に被告がその主張の頃からその主張の部分の土地の占有を始めたとしても、その占有は善意とはいえずかつ右占有の始めに過失がある。のみならず原告は昭和二九年一〇月一〇日頃、然らずとするも昭和三〇年一〇月頃本件仮換地を占有するに至つたので、これにより被告の取得時効は中断している。仮に中断がないとしても、原告は昭和三〇年五月二六日大阪地方裁判所に対し被告を被申請人として本件仮換地に立入ることを禁止する旨の仮処分の申請(昭和三〇年(ヨ)第一〇三四号)をしたので、この申請により時効は中断している。なお、被告は右仮処分は原告において取下げているので中断の効力はないというが、これは被告の本件仮換地への建物移転によりその意義が失われたので、これを解放し、原告はあらためて現状変更禁止の仮処分を申請(大阪地方裁判所昭和三三年(ヨ)第三二三二号)し、昭和三三年一二月一八日右仮処分の決定を受けたものであつて、右両仮処分はともに原告の所有権を被保全権利とし、単に申請の趣旨を変更したにすぎないものであるから、時効中断の効力は失われない。

(三)、被告は原告の本訴請求をもつて権利の濫用であると主張するが、原告は被告が従前の土地につきその主張の如き権利を有していたことを全然知らずにこれを買受けたものであるから、右知らないことにつき過失があるとしても、本件は「権利行使により権利者たる原告に得る利益はないのに相手方にのみ莫大な損害をおよぼす」といつた場合にもあたらない。したがつて権利濫用の成り立つ余地はない。

と述べた。

被告は、原告の本訴請求に対し「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、反訴として別紙反訴請求の趣旨記載のとおりの判決を求め、原告の本訴請求原因事実に対する答弁および反訴の請求原因として次のとおり述べた。

一、原告の本訴請求原因一の事実は認める。

二、同二の事実中売買ならびに登記の点は認めるが、右売買は無効である。すなわち、右売買の目的物は本件仮換地であるところ、仮換地上には公法上の使用収益権のみが存し、私権はないのであるから、仮換地を客体とする右売買は無効である。

三、同三の事実は被告の占有が不法であるとする点を除き認める。

四、被告の仮換地に対する占有は正当な権限にもとづくものである。

(1)、被告は、訴外杉本金次郎が昭和二三年四月一〇日訴外上善清子から従前の土地(一三番地の一、五五坪四合一勺)中二五坪(別紙第二目録<省略>(一)記載の土地)を買受けていたのを、昭和二六年一二月二一日右訴外杉本より代金四万円で譲受け、その所有権を取得したものである。

また、被告は、従前の土地(一七番地、五九坪)中四五坪三合三勺(別紙第二目録(二)記載の土地)につき昭和二三年四月一日、訴外上善清子との間で、権利金(整地料名目)坪当り金三〇〇円、地代月額坪当り金六円毎月始め集金払い、目的建物所有、期間定めず、換地後坪数三〇坪と定めて地上権の設定契約を締結した。仮に右契約が地上権設定契約とは解せられないとしても、賃貸借契約であることは明らかであるから、被告は右契約に基き右土地につき賃借権を有するものである。

被告が右所有権取得及び地上権若しくは賃借権の設定登記(地上建物の保存登記も同様)を経由していないことはこれを認める。然しながら被告は右借地権及び所有権に基き本件仮換地上にこれに対応する使用収益権を有するところ、この使用収益権は土地区画整理法第九九条第一項より生ずる公法上の権利であり、換地処分の公告のある日まで継続するものであつて、その間に所有権者が変ることがあつても新所有者は従前の権利義務をそのまま承継するものである。したがつて公法上の権利である右使用収益権には私法上の登記の対抗問題は生ぜず、原告は登記の欠缺を理由として被告の右使用収益権を否認することはできない。

なお、別紙第一目録(二)記載の建物の本件仮換地への移転は施行者たる大阪市長が昭和三三年一二月一〇日に土地区画整理法第七七条に基く移転命令の代執行によりなしたものであつて、原告は右施行者の指示にもとづいて仮換地を占有使用しているものであるから、右占有は適法である。

(2)、仮に右の主張がいずれも認められないとしても、被告は被告の前主訴外杉本が右二五坪の土地の占有を始めた昭和二三年四月一〇日より一〇年を経過した昭和三三年四月九日をもつて前記二五坪の土地の所有権を、また被告が訴外上善との間で前記四五坪三合三勺の土地につき借地権設定契約を締結した昭和三三年四月一日より一〇年を経過した昭和三三年三月三一日をもつて前記四五坪三合三勺の土地の地上権若しくは賃借権を、夫々時効取得しているから、被告の本件仮換地の使用は適法である。原告は被告の右取得時効は中断しているというが、被告の従前の土地の占有は継続しているのみならず被告は本件仮換地にも建築用石材を山積してこれを占有していたのであるから、原告の仮換地の占有開始によつても時効中断の生ずるいわれはない。また、大阪地方裁判所昭和三〇年(ヨ)第一〇三四号仮処分についても、その目的物は仮換地であつて被告の占有する従前の土地ではないから、目的物を異にし時効中断の効力を生じないのみならず、原告は右仮処分を昭和三四年一月一四日に取下げているから結局該仮処分によつては時効中断の効力は生じない。なお仮処分による時効中断は申請時ではなく命令送達時に生ずるものであるところ、右仮処分命令送達より五ケ月余り前にすでに取得時効は完成していたのである。

ところで取得時効により原始取得した被告の右所有権ならびに地上権または賃借権は登記なくても原告に対抗し得るものである。したがつて、被告は本件仮換地上に右権利に対応する使用収益権を有するものである。

(3)、かりに、以上の被告のすべての主張が容れられないとするならば、被告は権利濫用の抗弁を提出する。即ち原告は本件土地を買受ける際被告の借地関係を知つていたものである。かりに知らなかつたとしても、すでに土地区画整理の告示がなされている土地であるから原告は従前の土地に存する建物の使用収益関係を調査すべく、これを怠つた原告には重大な過失がある。しかも、原告は、昭和二九年一〇月二四日、被告の前記所有権および借地権を認め、右両権利を買取るかまたは代替地を提供することを協定しておきながら敢えてこの協定を無視し本訴請求をするものである。かかる重大な過失ならびに信義則違背のある権利行使は正に権利濫用というべく失当である。

五、原告は被告の前記所有権及び地上権もしくは賃借権を否認するのみならず被告所有の別紙第二目録(一)記載の土地の仮換地たる別紙第二目録(五)記載の土地五坪八勺地上に建坪四坪五合二勺の建物を所有して該土地を不法に占拠している。

六、よつて、反訴請求の趣旨記載通りの判決を求める。

立証<省略>

理由

一、大阪市浪速区元町二丁目一三番地の一宅地五五坪四合一勺および同二丁目一七番地宅地五九坪は、いずれももと訴外上善清子の所有であつたところ、昭和二三年一二月一〇日、大阪市長は右両土地に対し大阪市湊町地区一一ブロツク符号一宅地七五坪七合二勺をその換地予定地に指定したこと及び原告は、昭和二九年九月四日右従前の土地全部を訴外上善清子より買受け、同月二四日同人よりの所有権移転登記を得たことについてはいずれも当事者間に争いがない。ところで右売買は本件仮換地上の使用収益権の取得を目的とする従前の土地の売買であると解されるところ、仮換地指定后においても従前の土地の売買は許されているのであるから、原告の右売買が有効であることはいうまでもなく、したがつて原告は従前の土地の所有権取得により本件仮換地につき使用収益権を取得したものというべきである。

二、しかして、被告が仮換地処分にもとづく移転命令の執行により昭和三三年一二月一〇日別紙第一目録(二)記載の建物を本件仮換地に移転し、じ来その敷地四一坪五合三勺(別紙第一目録(一)記載の土地)を占有していることについては当事者間に争いない。ところで土地区画整理法第七七条に基く移転命令それ自体は、移転先の土地につき使用権を設定するものでないことはいうまでもないから、本件の移転命令は、被告の本件仮換地使用を適法ならしめる根拠とはならない。そこで被告が本件仮換地を使用し得る権限を有するか否かについて考える。

(一)、証人神崎勇(第一、二回)の証言、被告本人尋問の結果によると、被告は昭和二三年四月一日頃右訴外上善より従前の土地(一七番地五九坪)中四五坪三合三勺(別紙第(二)記載の土地)を賃借し、そこに別紙第一目録(二)記載の家屋を建築したことが認められる。

また、証人神崎勇(第一、二回)、同杉本金次郎の各証言により真成に成立したものと認められる乙第六号証の三ないし六、右神崎、杉本の各証言、それに被告本人尋問の結果によると、昭和二三年四月一〇日訴外杉本金次郎は右訴外上善より従前の土地(一三番地の一、五五坪四合一勺)中二五坪(別紙第二目録(一)記載の土地)を買受け、昭和二六年一二月二一日被告は更にこれを右杉本より買受けてその所有権を得たことが認められる。右認定に反する証人上善清子の証言は前掲証拠に照らし措信することができない。そうすると被告は本件仮換地に右賃借権および所有権に対応する使用収益権を有していたことは明らかであるが、被告の右所有権取得および賃借権等の設定についてはいづれもその登記がないのみならず、右賃借地上の建物についても保存登記を経由していないことは被告自らも認めるところであるから、被告は従前の土地を買受け所有権取得の登記手続を了した原告に対しては右所有権及び賃借権もしくは地上権を主張し得ないこと明らかである。被告は、仮換地の使用収益権は公法上の権利であるから登記がなくてもこれをもつて原告に対抗し得る、と主張するが、換地予定地の指定処分は、従前の宅地の上に存する使用収益に関する権利関係をそのまゝ仮換地上に移動させるだけのものであつて、これによつて仮換地上に新な公法上の使用権を生ぜさせるものではない。したがつて従前の宅地につき有していた権利が登記の欠缺等の理由で否定された場合にはこれに基く仮換地の使用収益権もまた否定されることは当然である。よつて被告の右主張は到底これを採用することができない。

(二)  被告は従前の土地(一三番地の一、五五坪四合一勺)中二五坪を時効によりその所有権を取得したと主張し前主訴外杉本金次郎の占有を援用し、同訴外人が占有を始めた昭和二三年四月一〇日より起算して一〇年を経過した昭和三三年四月九日に右時効が完成していると主張する。ところで取得時効は占有という事実関係が長年月継続する状態に対し無権利者であるにもかかわらずその占有者に占有物に対する所有権等の法律上の権利を取得させるものであり、取得時効が成立するためには他人の物に対する占有がなければならないのである。ところが不動産物権の二重譲渡の場合においては、いずれか一方の譲受人にその登記がなされるまでは、いずれの譲受人も当該物件に対する所有権を有するのであるから、それまでの間の占有は他人の物の占有にはならないものである。すなわち、二重譲渡の譲受人間においては民法第一七七条の登記の対抗力のみが問題となり、右登記によつて他の譲受人が所有権を失つてからもなお当該物件を占有するときに始めて取得時効の問題が生じ、その登記のときから他人の物の占有として取得時効の基礎たる占有が開始するのである。

これに反し右登記前の占有をも時効取得の基礎たる占有となし得るとの見解も存在するが、かゝる解釈は民法の明文にも反するしその結果も妥当を欠くから、当裁判所はそれに従うことはできない。ところで本件被告は、前記認定の事実によればまさしく二重譲渡の場合の譲受人に当るから、本件における時効の起算日は原告が所有権移転登記を了した昭和二九年九月二四日であると解すべきところ、原告はその後一〇年以内に本件仮処分をなしかつ本訴の提起に及んだのであるから、これにより時効は中断されている。よつて被告主張の時効取得はこれを認めることはできない。

また、被告は従前の土地(一七番地五九坪)中四五坪三合三勺につき地上権または賃借権の時効取得を主張するが、仮に被告において地上権または賃借権の行使が認められるにしても、この場合も時効の起算日はさきに述べたように昭和二九年九月二四日と解すべきであるから、前同様の理由により地上権等の時効取得は認められない。

三、被告は、原告の本訴請求をもつて権利の濫用であると主張するが、証人神崎勇(第一、二回)、同北川安の各証言、原告本人尋問の結果によると、原告は本件土地買受の際、従前の土地に被告の所有権および賃借権が存し被告は仮換地上にこれに対応する使用収益を有することを知らずに、買受けかつその登記を了したことが認められる。ところで右土地につき被告が前記権利を有していることは原告が事前に調査すれば容易に知り得たであろうことは明らかであるが、右の一事をもつて原告の本訴請求を権利の濫用と目することはできず、却つて証人神崎勇(第一、二回)の証言、原被告各本人尋問の結果によると原告は昭和二九年一〇月頃被告より本件仮換地の明渡を受ける代償として被告に対し代替地の提供若しくは相当多額の金銭の提供を申出でたが、被告がこれに応じなかつたゝめ話合ができず、その結果やむなく本訴を提起するに至つた事実が認められ、他に特に原告に信義則違背を認めるに足る証拠はない。してみると、被告の権利濫用の主張は到底これを採用することはできない。

四、そうすると、被告は昭和三三年一二月一〇日以降正当な権限なくして本件仮換地四一坪五合三勺を占有しているものというべきであるから、原告に対し別紙第一目録(二)記載の家屋を収去して同目録(一)記載の土地を明渡すべきものであり、なお証人神崎勇の証言(第一回)、及び被告本人尋問の結果によると昭和三三年一二月一〇日当時の右土地の賃料は一ケ月金一、一四八円以上であることが認められるから、被告は原告に対し昭和三三年一二月一〇日より右土地明渡済に至るまで一ケ月金一、一四八円の割合による賃料相当の損害金を支払うべき義務があるものといわねばならない。

五、被告の反訴請求の認められないことはさきに本訴請求の当否を判断する際述べたことから明らかである。

六、よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷野英俊 坂詰幸次郎 渡瀬勲)

別紙

反訴請求の趣旨

(一)、別紙第二目録記載(一)の土地につき、被告が所有権を有することを確認する。

(二)、同目録記載(二)の土地につき、被告が原告に対し、地上権または賃借権を有することを確認する。

(三)、同目録記載(三)の土地につき、被告が第一項の所有権にもとづく使用収益権を有することを確認する。

(四)、同目録記載(四)の土地につき、被告が第二項の地上権または賃借権にもとづく使用収益権を有することを確認する。

(五)、原告は、被告に対し、同目録記載(一)の土地を分筆のうえ所有権移転登記手続をせよ。

(六)、原告は、被告に対し、同目録(二)の土地につき、地上権設定登記手続をせよ。

(七)、原告は、被告に対し、同目録記載(五)の土地を、同地上にある建物(建坪四坪五合二勺)を収去して明渡せ。

(八)、反訴費用は、原告の負担とする。

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